東京地方裁判所 昭和42年(合わ)85号 判決 1968年2月15日
主文
被告人を懲役一五年に処する。
未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は昭和三五年に中学校を卒業し、日立市内で工員として働いていたところ、同三八年一二月ころ、仲間と共に窃盗を犯したため東京へ逃げ、その後は諸所を転々とし、その間同三九年に妻富江と結婚し一女をもうけたものであるが、同四一年四月にまたもや窃盗をはたらいたため東京地方裁判所に起訴され、同年八月に保釈されてからは茨城県日立市本宮町三丁目一五番三号兄青野満方に帰り、人夫仕事などをしていた。同四二年一月二四日、右窃盗被告事件(前記昭和三八年の窃盗事件を併合)の公判期日において検察官から予想以上に重い懲役三年の求刑があり、かくては実刑に処せられることを免かれないものと観念する反面、当時知り合った愛人小林久美子と離れて服役するのに堪え得ず、いっそ逃亡して右久美子と共に暮らそうと思い立ったが、生きている限りは司直の追及が続くことを考えて自分に年格好の似た身代わりの者をダイナマイトで爆殺し、世間や司直に対し被告人が死んだように装うと共に実刑判決の宣告を免かれようと計画した。
そこで、とりあえず知人の発破技士相馬国男に依頼して同四二年一月三一日ころ、右青野満方において新桐ダイナマイト(一〇〇グラム)二本の外工業用雷管と導火線を譲り受けたものの、なおも考えをめぐらすうち右計画の稚拙なことに気づき、折から連続発生したB・O・A・C機の富士山麓墜落などの飛行機事故においては被害者の遺体がはなはだしく損傷し、身許が確認し難い旨のニュースに着想を得、むしろキッチンタイマーとバッテリーを利用してダイナマイトに時限爆発装置を取り付け、これを身代わりになる者に携行させたうえ旅客機に乗せ、飛行機もろとも爆破墜落させて殺害しようと決意した。
そこで同年二月九日ころ、日立市内において原動機付自転車付属のバッテリー(MBC一―六A型)一個を盗んで来て、これと針金を使用して導火線点火の実験をした後、同月一三日ころ、右相馬国男から更に前同ダイナマイト五本を譲り受け、また同市内で日立キッチンタイマー(TSI二三一型)一個を購入すると共に、同郷の友人本田弘(当時二二年)が自分に良く似ていると人にも言われていたことを思い出し、たまたま同人が同市内に帰っていることを聞き知るや再三にわたり同人に対し報酬二〇万円をやるから自分の身代わりとして東京国際空港から名古屋まで飛行機で秘密の品物を運搬してくれるようにと言葉巧みに依頼してこれを承諾させた。
そこで、被告人は同月一三日に上京し、翌一四日、被告人の指示どおり上京してきた本田弘と上野で落ち合ったうえ右久美子を連れて東京都港区芝高輪南町二七番地東京観光ホテルに投宿し、同夜同ホテル六六〇号室において携へて来た右ダイナマイトのうち五本をビニールテープで巻いて一束にし、真ん中の一本に雷管を埋め込み、これに導火線を接続し、その導火線の他端に針金をはさみ、その上からビニールテープを巻き付けてこれを固定し、他方日立キッチンタイマー左下部のセットツマミを回して右キッチンタイマーをセットしたうえ、導火線にはさみ付けた右針金の両端を差し込みプラグの付いたコードに結び付けてキッチンタイマーに接続させ、次いで、コネクター(ソケット)を付けたコードを右バッテリーの両端子のリード線に接続させたうえ、右バッテリーならびにダイナマイトをそれぞれキッチンタイマーに連結させ(このようにしておけば後日これを時限式に爆発させるにはネジを巻いてキッチンタイマーを動かすと共にその右下部にある赤針のツマミを回して赤針を爆発予定時刻に合わせさえすれば足りるわけで、時間の経過により予定時刻になると自動的にセットが解け、電流が針金に通じ、従ってこれと接着してある導火線に点火し、ダイナマイトが爆発することとなる。)、これをあらかじめ購入しておいた黒色ビニール製手提鞄(以下黒鞄と略称)に収めておき、翌一五日午後六時三〇分ころ、右本田や久美子と共に同都大田区羽田穴守所在の東京国際空港内日本空港ビルディング株式会社国内線出発ロビーに赴いたところ、被告人の予期に反し既に当日の名古屋便はなくなっていたため、本田には同日午後八時三〇分発の大阪行に変更する旨告げて被告人名義の大阪行搭乗券を購入し、次いで午後七時五分ころ、前記時限爆発装置のダイナマイトが右大阪行飛行機の航行中に爆発するように同装置付属のキッチンタイマーの赤針をその時刻に合わせ、ネジを巻くなどの操作をしてこれを本田に手渡すべく、右黒鞄を国内線出発ロビー男子便所内の洋式大便所に持ち込み、同黒鞄から前記のダイナマイトおよびこれとコードをもって接続してある前記キッチンタイマーなどを取り出して予定の操作をしようとしたが、その際誤ってバッテリーから導火線に電流が通じ、導火線が煙をあげて燃え出したのに気がつき、驚いてキッチンタイマーなどをその場に置いたまま大便所を脱け出し、かろうじて右男子便所出入口から逃げ出た瞬間、前記ダイナマイト五本が爆発したので、本田を飛行機に搭乗させたうえダイナマイトを爆発させ、同人を機上で殺害しようとの目的をもってなされた被告人の前示所為が警察官に発覚してしまい、もって、人の身体財産を害せんとする目的をもって爆発物を使用せんとする計画はその実行の着手までに至らず殺人の予備をなすにとどまったものである。
(証拠の標目)≪省略≫
(検察官ならびに被告人の主張とこれに対する当裁判所の判断)
一、検察官の主張について
検察官は、本件公訴事実において、本田弘と共に東京国際空港国内線出発ロビーに赴いてからの被告人の行動として、被告人は全日空の運行時刻が変更されて既に当日の名古屋行は出発後であったため、やむなく予定を変更して午後八時三〇分発の大阪行飛行機の切符を購入したところ、これに不審を抱いた本田から鞄の持ち運びを拒まれるに至り、急遽計画を変更して同空港内で時限爆発装置仕掛け中のダイナマイト(前夜東京観光ホテルで組み立て黒鞄に収めておいたもの)を使用して同人を爆殺しようと考え、午後七時五分ころ、服を着替えようと言って強引に同人を同空港国内線出発ロビーの男子便所に連れ込み、同所の奥側洋式大便所のドア前に同人を待たせたうえ、同大便所内に黒鞄を持ち込み、前記ダイナマイトの導火線と針金の接続部を取り外して煙草の火で導火線に点火して素早く同所を立ち去り、瞬時に右ダイナマイト五本を爆発させたものであり、またダイナマイトに接続されていた導火線の長さは四センチメートルであって、結局右は爆発物取締罰則第一条に違反し、かつ本田弘に対する殺人未遂罪にあたると主張する。検察官の冒頭陳述の要旨も右と同一趣旨である。そして被告人の司法警察員に対する昭和四二年三月三日、四日、五日付各供述調書および検察官に対する三月一六日付供述調書には右主張に添う供述記載が認められるのみならず、本件第一回公判期日において被告人は前記煙草の火による点火事実を含め本件公訴事実を全部認める旨の供述をしているのであって、これらが検察官の主張を肯認すべき有力な証拠とされているのであるから以下順次審案する。
(一) まず説明の便宜上本件捜査の経過につき概観する。
(イ) 被告人は本件犯行後小林久美子を伴い関西から四国を経て九州に逃走し、同年二月二四日宮崎県下において逮捕された後東京に護送され、翌二五日より三月一六日まで殆んど連日捜査官の取調べを受け、多数の供述調書が作成されたところ、被告人が東京到着後最も早く取調べを受けて作成された司法警察員に対する二月二五日付供述調書には「羽田空港の爆発は自分がしたのではない。」(但しダイナマイト所持の点は認めている)としているが、同日付の他の司法警察員調書によればこれが「ダイナマイトの爆発は自分であるが、鞄のチャックを開けたらシューと音がしたので便所を飛び出した。煙草の火をつけたかどうか今は思い出せない。」というように変り、その後、同月二七日付司法警察員調書においては時限爆発装置に触れ、「懐中電灯に使用する普通の電池を使った。」とか、「電気雷管を使用した。」とか、その他その後の捜査によって真実に反することが明らかにされている虚構の事実をことさら供述していた。ところが三月三日以降はおおむね煙草の火を導火線につけたことを認め、なお「導火線は一〇センチメートル位の長さに切った。一〇センチあれば燃えるのに一分はかかると思った。」と供述している。しかるに三月一五日付司法警察員調書においては「大便所に入り黒鞄を股にはさみチャックを開けたとたん同鞄の中から煙が出て導火線に火がついたことを知った。」と述べるに至ったものである。
(ロ) ところで≪証拠省略≫を総合すると、本件爆発現場には多数の爆破された細片が残っていて、そのうち日立キッチンタイマーの部品は容易に顕出し得たが、バッテリーの部品については、現場に実際残っていたにもかかわらずそれが湯浅電池株式会社製造のバッテリーの部品であることを当初確認することができなかったところ、三月一三、四日ころ、被告人が本件犯行当時から逃走中絶えず携えていたアタッシュケースの内部に付着していたしみが硫酸によるものであることが確認され、次いで三月一五日午前中警視庁警部補荒武義が被告人を取り調べて右アタッシュケースのしみにつき問いただしたところ、被告人は初めて二月九日ころ日立市内において原動機付自転車の付属バッテリーを盗み、本件のダイナマイト爆発に利用したことを供述し、それと共に煙草の火による導火線点火を否定し、「便所内で鞄をあけたところ導火線から煙が出ていた。」旨の供述をしたが、既に検察官が被告人取調べのため警視庁に来て荒警部補の取調べが終るのを待っていた関係で同人は午前中だけで一応その取調べを終えたとのことが認められる。
(ハ) 証人山崎恒幸の供述によれば、東京地方検察庁検察官山崎恒幸は三月一五日午後から翌一六日にわたって被告人を取り調べたところ、その際、被告人は同検察官に対しても一旦は前記荒警部補に対して供述したのと略同様の陳述をなし、煙草の火によって導火線に点火し爆発させたことを否定していたこと、同検察官は被告人の陳述どおり黒鞄を股にはさんで導火線に点火し得るか否かを確かめるため、別室において日立キッチンタイマーTS―二三一型を点検し実験調査した結果、被告の供述しているとおり、キッチンタイマーのセットツマミが押されれば時限装置のセットが解かれて電流が通じ、導火線に点火することが可能であることを認めたが、たまたま右実験中にキッチンタイマーの操作が必ずしも正確に働かないと認められる場合もあったことから、同検察官は被告人に「実験しても点火しない。」と伝え、「やはり煙草の火だろう。」と言って取調べを続けたこと、そして、被告人との間にかような問答がかわされた後被告人が再度その供述を翻してやはり煙草の火で導火線に点火したと供述し、それが三月一六日付供述調書に作成されていることが認められる。
(二) 以上認定の捜査の概要により既に明らかなとおり、被告人は日立市内においてバッテリーを盗んだこと、およびこれを本件爆発装置の一部に利用していた事実を捜査の最終段階に至るまで黙して語らなかったものである。そして、被告人がそのような供述態度に出た理由として、被告人が宮崎県下で逮捕され、東京に連行された際多くの新聞記者などに囲集され、その中には被告人を面罵する者も出てきたので、被告人としては今更ながら自己の犯行に対する世間の反響の激しいのに驚くと共に時限式の爆発装置のことだけは供述すまいと決意を固めたと当公判廷において述べている。被告人が心中ひそかにそのような決意をしていたことの当否は別としても、またそれが被告人のいうとおり家族のことを思いやった上でのことかどうかはともかく、その心情無理からぬものがあるとうかがうことができる。
ところで、被告人がバッテリーを盗んだことがあるかどうか、またそれを爆発装置に利用したかどうかは本件における重要な事実である。しかるに、この事実を被告人が供述しなかったことと、他方前記のごとく捜査当局が爆破された物件中にバッテリー部品が存することを発見確認することが遅かったこととがあいまって、本件捜査は意のごとく進まず、爆破現場よりまだバッテリー部品を発見し得ない段階においては、捜査官は本件がバッテリーなど電気的な器材を用いた犯行であることをむしろ否定する見解に立って被告人を取り調べている傾向がないではなく、他面、被告人においては前記のとおりバッテリーを利用したことを堅く口を閉じて供述をしなかったため、爆発の原因を追及されても、つじつまを合わせるためには、煙草の火であるという以外にない破目に陥り、前記のように「煙草の火かも知れないが今は思い出せない。」とか、あるいは、「懐中電灯の電池を使用した。」とか述べたものの、捜査官からはそのような供述は信用されなかったであろうし、かくして再び「煙草の火でつけた。」と捜査官に供述するに至ったものであることが認められる。してみれば、被告人の司法警察員に対する供述が、煙草による点火に関し、概ね一貫していて具体的詳細なものであるからといって直ちにこれが信憑性を肯認することはできない。
(三) 検察官作成の三月一六日付供述調書についても煙草の火が原因であると供述している点に関しては司法警察員作成の各供述調書より信憑性について格段に高められているとは認められない。しかも、検察官山崎恒幸は被告人に対して「実験しても点火しない。」旨を伝えたことは前記認定のとおりであり、これに後記三に認定した事実を併せ考えれば右三月一六日付供述調書をもってしても、真実被告人が煙草で導火線に点火したものと認めるのは、困難であるといわねばならない。
(四)(イ) 検察官は被告人が東京国際空港内において、大阪行飛行機に変更せざるを得なかったことから、本田弘に怪しまれ飛行機に乗ることを拒まれる危険性を察知したため急遽計画を変更し、同空港内で前夜東京観光ホテルで仕掛け中のダイナマイトを使用し、同人を爆死させようと考えたものであって、証人本田弘の各供述、同人の検察官に対する供述調書および被告人の各供述調書を通じて右の事実を認めることができると主張する。しかし、被告人の本件犯行における所期の目的は前記のとおり、あくまでも本田を自分の身代わりとして死亡させ、もって司直や世間を欺き、実刑判決を免れんとするにあったことは、疑問がない。そして、本件各証拠によれば、被告人がその手段として思いついたことは、当時連続発生した飛行機事故にヒントを得て、時限爆発装置付ダイナマイトを本田に持ち込ませて、飛行機上で爆発させれば殆んど搭乗者全員が死亡し、その遺体は損壊飛散して、識別が困難になるであろうことを重視したためである。すなわち、個々の死体自体からの識別が不可能であれば、その身許の確認は航空会社の搭乗者名簿や洋服などの被服、その他の所持品などに基づいて行なわれるから、被告人の名前で搭乗券を購入し、本田に自分の洋服を着せるならば、被告人が飛行機事故により死亡したものと第三者をして思わせ得ることにあった筈である。しかるに、本件爆発が起った時点では、まだ洋服の着替えもしておらず、その他右のように第三者を欺き得る条件を具備していたことをうかがわしめる証拠がないから、かかる段階において、空港ビル便所内で本田を爆殺しても被告人としては所期の目的を遂げ得ないことが明らかである。もっとも、当日被告人らが予定していた名古屋便がなくて大阪便に変更したため、本田が若干不審を抱いたことは容易にうかがえ得るけれども、≪証拠省略≫を総合すると、本田は右事実にもかかわらず未だ鞄の運搬自体を拒絶するまでには変心しておらず、ただ被告人に対し「大阪ではかえって名古屋へ遠くなりおかしいではないか。」と反問したのみであり、また、これに対し、被告人から「仕事は大阪からが近い。」と説明されたのに対し格別その不自然さを追及した形跡もなく、その後被告人から「便所へ行こう。」と言われて素直に被告人について行っているし、被告人が洋式大便所内に入っている間も被告人に言われたとおりその外で待っていたことが認められる。また、同人はそれまで東京観光ホテルで被告人がキッチンタイマーを取り出すのを見たとき、あるいは名古屋への出発が一日延期されたときなど、たびたび被告人の態度に不審を持ちながら空港までついて来たものであることも証拠上明らかであって、本田がここまで来て、今更飛行機に乗らないと言い出すような事態を被告人が危惧したということは首肯し難いところである。本田弘の司法警察員に対する供述調書には右認定と異なる供述部分がないではないが、それは何ら恨らまれる筋合のない自分をダイナマイト爆発に巻き込んで重傷を負わせた被告人に対する憤りから、犯行直後におけるその供述には多少の誇張があったものと見るのが相当であって、未だ前記認定を覆すものではない。
そうとすれば、検察官主張のように、本田が多少不審を抱いたからといっても、そのため当初の計画を急遽変更しなければならないほど切迫した事情があったとは認められない。
(ロ) 検察官はまた、本田が洋式大便所の外でビニールテープをはぐ音を聞いている事実があり、これは被告人が導火線に針金を固定するため巻いてあったビニールテープを大便所内ではがしたからであると主張し、もって被告人が煙草の火で導火線に点火した証拠であるとする。しかし、証人本田弘のこの点に関する供述は、ただ聴覚に頼っているだけのことで、これを目撃したような場合と異なりそれほど明確なものではない。またその音の表現において証人大久保真也の供述とも合致しておらず、これをもって被告人が便所内で所論のような行動に出たものであることを確認し得る証拠とはなしえない。
(ハ) 検察官は、被告人が洋式大便所内にいたとき、後ろの大便所で足音がしたので、本田が同大便所に入ったものと思い人けもないし、今やったがよいと考え、煙草の火で点火した旨の被告人の司法警察員に対する三月四日付供述調書の裏付捜査をした結果、大久保真也を割り出し、同人が爆発直前に真ん中の和式大便所から出て行ったことが判明した。被告人の聞いたという足音は右大久保の足音であると思われるから、大久保が大便所を出て行った右事実は被告人が大便所内でダイナマイトを爆発させたことの故意を判断する重要な資料であると主張する。しかし、大久保が右大便所を出て行った足音を本田が同大便所へ入ったものと聞き誤ること自体容易に肯けないところであるのみならず、人の出入りの多い空港ビル内の便所のことであるから、本田に声をかけてみるなどして、同人が本当に右大便所に入ったか否かを確かめても然るべきところを、そうした挙に出ることもなしに足音だけで直ちに本田殺害の意図を実行に移したことの重要な証拠だとするのは事理に反して不自然であり、余りにも薄弱な根拠といわなければならない。
(五) 以上説明したほか、当裁判所はなお別の観点から検察官が本件において主張するところの煙草の火で導火線に点火したとの事実につき疑を抱かざるを得ない。
それは、被告人がダイナマイトに接続した導火線の長さに関しての疑問である。
導火線の長さにつき、被告人は司法警察員に対する三月三日、四日、五日、七日付各供述調書において約一〇センチメートル、同月一五日付供述調書において約六センチメートル、検察官に対する三月一六日付供述調書においては約四センチメートルと述べており、公判廷においては、五、六センチメートル、六、七センチメートルとも述べている。
導火線の燃焼速度は、日本工業規格に従えば、一メートルにつき、一〇〇秒ないし一四〇秒であり(警視庁技術吏員萩原嘉光外二名作成の鑑定書参照)、本件導火線も右規格に合致したものと推認できる。そうとすれば、検察官が主張するように右導火線の長さが四センチメートルであれば、これに点火した場合、早ければ四秒で燃えてしまうということである(前記規格に従えば、この所要時間は四秒ないし五・六秒となるが、後者の場合は暫く措く)。
≪証拠省略≫によれば、被告人は同四一年三月ころ、日立市の道路工事現場においてしばしばダイナマイトの点火作業に従事していたことが認められ、また同四二年二月九日ころ、被告人がバッテリーと針金を利用し、導火線に点火しうるか否かを実験していることは先に認定したとおりである。従って、被告人としては導火線の燃焼速度につき経験的に相当正確な知識を有していたものと認められる。してみると、被告人が本件ダイナマイト爆発の際、からうじて便所出入口まで逃れ得たに過ぎない判示認定のごとき状況の下において、身の危険を顧みず、前記洋式大便所内において四センチメートルしかない導火線に点火し、これに接続してある五本のダイナマイトを爆発させたものであると主張するがごときは余りにも不合理なものといわなければならない。また、被告人が第一回公判期日において、公訴事実を認める趣旨の陳述をしたからといって、右公訴事実自体が前記のように合理性を欠くものである以上、被告人の公判廷における供述なるが故に、その証拠価値が高いとは断定できない。よしんば、被告人が右陳述をした理由として述べるところと、証人青野富江の述べるところとに若干くいちがいがあるにしても、右結論に影響を来すことはない。されば、検察官の右主張事実はいずれにせよ採用できない。
二、被告人の主張について
被告人は第一回公判期日においては、公訴事実を全面的に認めたものの、第三回公判期日以降においては公訴事実中、東京国際空港国内線出発ロビーの洋式大便所内で、煙草の火によりダイナマイトに点火してこれを爆発させた点を終始否認し、それはダイナマイトを収めた黒鞄を股(又は膝)にはさみ、チャックを開けたところ、その際、誤って時限爆発装置のキッチンタイマーのセットツマミを股で一緒に押してしまい、右装置のセットがはずれたから導火線に点火し、これに接続してあった五本のダイナマイトが爆発するに至ったものであると主張する。
よって、按ずるに
(一) まず、被告人は日立市内でキッチンタイマーを買い求めたが、それには右器械の操作方法を詳細に説明した説明書が添えられてあり、その性能、構造を理解することはそれほど困難なことではない。そして、右キッチンタイマーの性能、構造としてはその前面左下部にあるセットツマミを右に回せば時限式装置となり、同ツマミを押せばセットした装置が一瞬にして解けるものである。従って、もしバッテリー、キッチンタイマー、ダイナマイトの三者が既に判示したごとき方法で接続してあれば、ツマミを押すことにより電流はバッテリーから流れて導火線にはめてある針金を灼熱させ、よって、導火線に点火して燃焼し、これに接続してあるダイナマイトが爆発するに至ることは明白なところである。時限装置によって人を殺害しようと計画し、その実現のためにキッチンタイマーを買い求めた被告人であるし、とりわけ、キッチンタイマーにダイナマイトを接続するという危険な工作を施そうとするものであってみれば、被告人がキッチンタイマーに添えてある説明書を読んでいなかったものとはたやすく断じえないが、それにもかかわらず、被告人が右説明書を読み、もしくはかかる装置がいつダイナマイトの爆発を招くかも知れない危険なものであることを認識していた旨の積極的な証拠はなく、かえって、東京観光ホテルを出て、東京国際空港に至るまでの過程において、前記時限爆発装置付ダイナマイトを収めた黒鞄を運搬するに当り、爆発防止のため特に注意を払った形跡も認められない本件においては、検察官が主張するように、単に経験則だけで被告人が右装置の危険性を十分認識していたため、これを同空港まで運搬した後右大便所内において黒鞄を股ではさむような行為をしていないとは断定できない。
(二) そこで、進んで被告人がその主張のごとく、空港ビル便所内において黒鞄を股ではさんだ事実があって、そのため本件爆発を来したものであるかどうかについて検討するに
(イ) 証人本田弘の供述によれば、被告人が洋式大便所を出るときは、スーと出て本田を横目で見ながら早足で便所入口の方に行ったものと認められるところ、被告人は、本田は右大便所前におらず、その姿を見なかったと述べており、また、右本田の供述によれば、同人が被告人の出た大便所内を見たところ、キッチンタイマーが床上に文字板をドアの方に向けて置かれていたことを目撃していると認められるのに、被告人のこの点に関する供述は曖昧であり、むしろ、キッチンタイマーを黒鞄から完全には取り出していなかったかのような供述に終始していることなど、被告人の供述は本田証人の述べているところとの間に矛盾やくいちがいが多く、到底措信し得ない。
また、被告人が黒鞄を股ではさんだことを述べるに至ったのは、前記司法警察員に対する三月一五日付供述調書においてであるが、それまで、被告人は便器の蓋をした上に黒鞄を置き、チャックを開いたと述べ(二月二五日付司法警察員調書)、あるいは、便器の蓋の上にアタッシュケースを置き、その蓋を開けた(三月四日付司法警察員調書)とも述べているが、アタッシュケースを開けた理由に関する供述は度々変転しながらも、なおこの点につき納得し得るに足る説明がなされておらず、その後第三回公判期日以降前記調書と同趣旨の供述をしているけれども、以上のような供述の変遷は不自然であり、この点からしても被告人の右供述は措信できない。
(ロ) 仮りに、被告人が黒鞄を股ではさんだ事実があり、そのためツマミが押されたものとすると、導火線の長さにつき前記のとおりいろいろ異った供述をしてはいるが、六センチメートル以上あったものとは認められず、被告人がその供述のごとく、黒鞄のチャックを開いて白煙が出ていることを認め、それが導下線の燃えているものであることを覚知し、黒鞄を下におろしてバッテリーの差しこみを抜き、それでも火が消えないことを知って洋式大便所の内鍵をはずし、外部へ脱出しようとしてアタッシュケースが残っているのに気づき、手を延べて右ケースを取り上げ、それから男子便所入口まで約六メートルの距離を果して無事に逃れ得たであろうか。被告人が黒鞄を股にはさんでセットツマミを押してから白煙を認め、身の危険に気づくまでに黒鞄の鍵をはずし、チャックを開けるのにも若干の時間を費消していることをも考え併せると、右前提のもとでは、爆発までに被告人が便所出入口付近の爆風で転倒したとする地点まで脱出することは、およそ不可能といわなければならない。
叙上説明したとおり、被告人が黒鞄を股にはさんだがためにダイナマイトが爆発したものである旨の被告人の主張は採用しない。
三、思うに、昭和四二年二月一五日午後七時五分ころ、東京国際空港国内線出発ロビー男子便所の洋式大便所内においてダイナマイトの爆発があったこと、被告人が判示のような動機の下に本田を飛行機上において殺害せんことを企て、バッテリー、キッチンタイマーおよびダイナマイトを使用し、判示のような時限爆発装置を作り、これを携えて本田と共に東京国際空港ビルに赴いたこと、ならびに被告人が右時限爆発装置を収めた黒鞄を持ち、右洋式大便所に入ったことは本件証拠上明白なところである。
しかして、被告人が大便所に入ってから、いかなる行動をしたか、また、その行動に出た意図が何であったかについて、検察官は、被告人が予定を変更し、同所において本田を殺害せんとして、煙草の火を導火線につけたものであると主張し、被告人は黒鞄を股ではさんだため爆発したものであると主張するが、右各主張は証拠上いずれも当裁判所の採用し得ないところであり、しかも本件では、右検察官主張に添う証拠か、あるいは被告人がその主張するごとく供述している以外に、大便所内へ入ってからの被告人の行動についての直接の証拠は存しないわけであるが、当裁判所はさきに挙示した各証拠を総合し、経験則に基づき、合理的に判断した結果は前記認定のとおりである。すなわち、仮りに被告人が洋式大便所内において黒鞄を股ではさんだとしても、これによって本件ダイナマイト爆発は起っておらず、被告人は無事右ダイナマイトおよびキッチンタイマーなどを黒鞄内より取り出し終り、本田が後に目撃したようにこれを同大便所床上に置いたものと認むべく、しかして、被告人は便所へ入るまで検察官主張のように飛行機上で本田を爆殺する計画を変更したものでないこと前記説明のとおりであり(この点、被告人も当公判廷で自認している)、そうとすれば、被告人としては右キッチンタイマーが時限爆発装置として未完成なところがあるのを洋式大便所内で完成したうえ本田に手渡すため、キッチンタイマーの赤針を飛行機の航行中の時刻に合わせ、キッチンタイマーのネジを巻くなど、少なくともその段階において何らかの操作をせざるを得なかったのであり、被告人の右操作をしようとした際、導火線に接続した針金にバッテリーの電流が通じるに至った何らかの誤った行為があったものと推認できる。ただ、右操作が具体的にどのような操作であり、かつ、それをどのように誤ったかを明らかにすべき資料はないが、少なくとも黒鞄よりダイナマイト、キッチンタイマーなどを取り出し終った後において、キッチンタイマーを操作しようとした行為によりダイナマイト爆発を招来したものと認めざるを得ない。
果して、そうとすれば、右ダイナマイトの爆発時においては、被告人は即時これを爆発させる意図を持たず、爆発時刻を大阪行飛行機の航行中の時間に合わせるべく、キッチンタイマーを操作する意思で、その操作をなさんとした被告人の判示所為は、爆発物取締罰則第一条の爆発物の使用というには当らないこと明らかであると共に、同法第三条の爆発物の単なる所持に止まるものではなく、まさしく、同法第二条の構成要件を充足した行為があったものと解すべきである。
なお、本田弘が右爆発により治療一ヶ月以上を要する顔面及び両下肢爆創等の傷害を負った事実は、本件記録上明らかであるが、ダイナマイト爆発が前記の経過により生じたものとすれば、同人に対する殺人未遂罪が成立する余地はなく、同人の傷害の結果も過失傷害を構成するに止まるところ、訴因を変更しない限り裁判所はこの点につき判断すべき筋合ではない。
(法令の適用)
よって法律を適用するに、被告人の判示所為中殺人予備の所為は刑法第二〇一条に、爆発物を使用せんとした所為は爆発物取締罰則第二条に該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同罰則第一二条、刑法第一〇条により重い後者の罪の刑に従い処断することとし、所定刑中有期懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一五年に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数のうち、一八〇日を右の刑に算入することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部これを被告人に負担させる。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山岸薫一 裁判官 牧山市治 平沢啓吉)